王様の仕事
- 2009/02/12
- 16:15
「ここは……」
気が付けばそこは異世界だった。
白い石造りの広い空間に何の支えもなくぼんやりと光が浮いている。
足元には巨大な魔方陣。映画のセットなんかじゃない。圧倒的なリアル感。大体、自分のような一介の高校生をこれだけの大金をかけて騙す必要がどこにある。
「ようこそ、いらっしゃいました」
彼女は日本語でそう言うと、にっこりと人懐っこく笑った。
彼女の耳は尖がっていた。
「それで、俺は何をすればいいんだ? 俺、喧嘩とかしたことないんだけど・・・」
美女美少女揃いの召使達にやたらと豪華な衣装を着せられながら、俺は傍らに立つ彼女に話しかけられた。正直、女の人に着替えを手伝ってもらうのは恥ずかしいが、自分にはどうやって着ればいいのかも分からないような複雑な構造の服だったので仕方ない。
「……魔王を倒すとか?」
自分で言ってて馬鹿みたいだと思うが、わざわざ異世界の人間を呼び寄せるぐらいだから、何かやらせたいことがあるのだろう。
「貴方には我々の王として、この国を統治していただきたいのです」
「えぐっ」
丁度給仕がきゅっときつく腰布を締め上げたせいで、驚きは変な声になった。
「こんなに食べきれないんだけど」
広いテーブルの上においしそうな料理がところせましと並んでいる。
ちなみにテーブルに用意された椅子は一人分。その椅子には俺が座っているわけで。
「食べたいものを食べれるだけ。残ったものは捨てますので」
彼女の言葉に俺は飛び上がらんばかりに驚いた。
「そんな。みんなで食べればいいじゃないか」
「陛下のお食事に我々が手を付けるわけにはまいりません」
「だけど……」
「そういう決まりですから。しかし、ご命令とあれば従いますが?」
彼女は有無を言わせぬ笑みでそう言うのだった。
「あ、いや。そこまでしなくていい」
俺はそう答えるしかなかった。
それからの日々は夢のようだった。
望もうと望むまいと様々なものが与えられた。
俺に宝を献上しようと次々と訪れる国の名士達。
抱きたいと思えば、どんな女も嬉々として寝床を訪れる。
城の外に出たいといえば数名のお供の者をつけることは渋々了承させられたが、自由に外出することが許された。
この世界は俺を中心として回っているとしか思えなかった。
俺の望むこと、やりたいことを、この国の人々は全力を持って、嫌な顔一つせずに叶えてくれる。
ただ一つのことは除いては。
「なぁ、俺は何かしなくていいのか?」
細かく流麗な装飾のなされた王座に深く腰掛けて、俺は何度目になるか分からない問いを彼女に向けた。
「はい。陛下は陛下のお望みのままに」
「しかし……」
どういうわけか彼女は俺を絶対に政治に関わらせてくれないのだ。
俺も王としてこの世界に呼ばれたからには皆の役に立ちたいのに。こう毎日遊び呆けていると、ここまで良くしてもらっているのが逆に申し訳ない。
不満を隠そうともしない俺に、彼女は困ったように微笑んだ。
「正直な話、陛下の手を煩わせる必要がないのです」
「どういうことだ?」
「我が国の政治は完璧なのです。この国には飢える者はなく、犯罪もなく、教育は全国民に行き渡り、自然と共存し、皆生きる気力に溢れております。政治家達も全員優秀で、どんな事態が起こっても完璧に対応するでしょう」
つまり、何一つ変える必要がないのだと彼女は言った。
確かにここに来てから、城を抜け出して何度も国中を旅したが、彼女の言うことはまさにその通り。国民は誰もが幸せに暮らしていた。まさに理想郷。
俺は納得して頷いた。
「どうやら本当に俺が手を貸す必要はないようだな。いや、むしろ俺のような何も知らない人間が余計な口を挟む方がまずいだろう」
「いえ、そんなことは……」
彼女は一応俺の言葉を否定するが、俺を政治に関わらせまいとする姿勢が何よりそれを証明している。
「なので、陛下は何も心配することなく、ただ望まれるままに日々をお過ごし下さい」
「分かったよ」
俺の返答に満足したのか、彼女は一礼をして去っていこうとする。
「だけど、どうしてだ?」
俺はその背中を呼び止めた。
「何がでございましょう?」
彼女が振り返る。
言おうか言うまいか迷ったが、俺は思い切って彼女に訪い掛けた。
「こんなに完璧な国なんだから、王様なんて必要ないだろう? それもわざわざ、異世界から俺みたいなのを呼び出して」
俺の言葉に彼女はにっこりと笑って、こう言うのだった。
「いざという時のために、陛下には居てもらわねば困ります」
(2009年2月13日、加筆修正)
気が付けばそこは異世界だった。
白い石造りの広い空間に何の支えもなくぼんやりと光が浮いている。
足元には巨大な魔方陣。映画のセットなんかじゃない。圧倒的なリアル感。大体、自分のような一介の高校生をこれだけの大金をかけて騙す必要がどこにある。
「ようこそ、いらっしゃいました」
彼女は日本語でそう言うと、にっこりと人懐っこく笑った。
彼女の耳は尖がっていた。
「それで、俺は何をすればいいんだ? 俺、喧嘩とかしたことないんだけど・・・」
美女美少女揃いの召使達にやたらと豪華な衣装を着せられながら、俺は傍らに立つ彼女に話しかけられた。正直、女の人に着替えを手伝ってもらうのは恥ずかしいが、自分にはどうやって着ればいいのかも分からないような複雑な構造の服だったので仕方ない。
「……魔王を倒すとか?」
自分で言ってて馬鹿みたいだと思うが、わざわざ異世界の人間を呼び寄せるぐらいだから、何かやらせたいことがあるのだろう。
「貴方には我々の王として、この国を統治していただきたいのです」
「えぐっ」
丁度給仕がきゅっときつく腰布を締め上げたせいで、驚きは変な声になった。
「こんなに食べきれないんだけど」
広いテーブルの上においしそうな料理がところせましと並んでいる。
ちなみにテーブルに用意された椅子は一人分。その椅子には俺が座っているわけで。
「食べたいものを食べれるだけ。残ったものは捨てますので」
彼女の言葉に俺は飛び上がらんばかりに驚いた。
「そんな。みんなで食べればいいじゃないか」
「陛下のお食事に我々が手を付けるわけにはまいりません」
「だけど……」
「そういう決まりですから。しかし、ご命令とあれば従いますが?」
彼女は有無を言わせぬ笑みでそう言うのだった。
「あ、いや。そこまでしなくていい」
俺はそう答えるしかなかった。
それからの日々は夢のようだった。
望もうと望むまいと様々なものが与えられた。
俺に宝を献上しようと次々と訪れる国の名士達。
抱きたいと思えば、どんな女も嬉々として寝床を訪れる。
城の外に出たいといえば数名のお供の者をつけることは渋々了承させられたが、自由に外出することが許された。
この世界は俺を中心として回っているとしか思えなかった。
俺の望むこと、やりたいことを、この国の人々は全力を持って、嫌な顔一つせずに叶えてくれる。
ただ一つのことは除いては。
「なぁ、俺は何かしなくていいのか?」
細かく流麗な装飾のなされた王座に深く腰掛けて、俺は何度目になるか分からない問いを彼女に向けた。
「はい。陛下は陛下のお望みのままに」
「しかし……」
どういうわけか彼女は俺を絶対に政治に関わらせてくれないのだ。
俺も王としてこの世界に呼ばれたからには皆の役に立ちたいのに。こう毎日遊び呆けていると、ここまで良くしてもらっているのが逆に申し訳ない。
不満を隠そうともしない俺に、彼女は困ったように微笑んだ。
「正直な話、陛下の手を煩わせる必要がないのです」
「どういうことだ?」
「我が国の政治は完璧なのです。この国には飢える者はなく、犯罪もなく、教育は全国民に行き渡り、自然と共存し、皆生きる気力に溢れております。政治家達も全員優秀で、どんな事態が起こっても完璧に対応するでしょう」
つまり、何一つ変える必要がないのだと彼女は言った。
確かにここに来てから、城を抜け出して何度も国中を旅したが、彼女の言うことはまさにその通り。国民は誰もが幸せに暮らしていた。まさに理想郷。
俺は納得して頷いた。
「どうやら本当に俺が手を貸す必要はないようだな。いや、むしろ俺のような何も知らない人間が余計な口を挟む方がまずいだろう」
「いえ、そんなことは……」
彼女は一応俺の言葉を否定するが、俺を政治に関わらせまいとする姿勢が何よりそれを証明している。
「なので、陛下は何も心配することなく、ただ望まれるままに日々をお過ごし下さい」
「分かったよ」
俺の返答に満足したのか、彼女は一礼をして去っていこうとする。
「だけど、どうしてだ?」
俺はその背中を呼び止めた。
「何がでございましょう?」
彼女が振り返る。
言おうか言うまいか迷ったが、俺は思い切って彼女に訪い掛けた。
「こんなに完璧な国なんだから、王様なんて必要ないだろう? それもわざわざ、異世界から俺みたいなのを呼び出して」
俺の言葉に彼女はにっこりと笑って、こう言うのだった。
「いざという時のために、陛下には居てもらわねば困ります」
(2009年2月13日、加筆修正)