娼妓の自由廃業
- 2013/02/02
- 00:00
明治33年(1900年)。
大衆紙である日刊『二六新報』は特に強く娼妓の自由廃業運動を行っていたようだ。
曰く、
「吉原遊郭には常備の悪棍(ごろつき)百余人を飼いあり。これらの者どもは、平常は楼主等の庇護のもとにいわゆる遊び人となり、また娼妓、台屋の使丁(わかいもの)等となりその日を送り居るも、いったん楼主等の使唆を受くれば、たちまち相嘯集して乱暴狼藉、言語道断の挙動(ふるまい)をあえてし、もって醜業不正の利益を維持するを職分とす」
「そも吉原遊郭は徳幕の時代において、長く無警察のもとにおかれたる処なり。(中略)妓楼にては廓内の秩序を保つに足る自衛力を必要とせり。この自衛力は、すなわち吉原ゴロツキまたは遊び人と称するものにして、妓夫、台屋、掃除人等も、かたわら無銭遊興者を取り押さえ、乱暴人、酔漢(よいどれ)等を鎮圧し、かつ娼妓の逃亡を監視する等の任務を兼務し、一種の常備軍のごとき姿となり、もって今日に至れり」
即ち、吉原は無法者達が暴力で支配する土地だと主張をしたのだ。
それは他の記事で廓の男達を「蛮人」「醜類」などと呼んでいることからも窺える。
『二六日報』は二人の娼妓を自由廃業させ、それを大々的に喧伝した結果、同社社員が吉原の廓内で男達に暴行を受けている。
逮捕された暴漢である『田圃の繁の相続人』田中六蔵(36歳)、江戸町一丁目三十一番地『新藤庄吉の子分』林喜三郎(28歳)等は、『肩書き』から博徒であったと考えられる。
だが『二六新報』は彼等を『妓夫(客引きをする若い男)』と混同して記事にしている。
そこに吉原への悪印象を与える意図があったかは定かではない。
同年には日本救世軍による「娼婦救済運動」が起こり、全国の遊廓で太鼓やラッパを鳴らし「ときのこえ」を散布して回る姿が見られた。
その結果、吉原では流血沙汰が起こり、それを新聞でセンセーショナルに取り上げた。
だが同年10月。
内務省によって発布された内務省令第44号『娼妓取締規則』によって、娼妓は自由に廃業できることとなる。(近代デジタルライブラリー - 警察三大法令正解)
その第五条にはこう書かれている。
「娼妓名簿削除の申請は書面又は口頭を以てすべし…(中略)警察官署に於て娼妓名簿削除申請を受理したる時は直に名簿を削除するものとす」
また同13条にはこうある。
『左の事項に該当する者は二十五円以下の罰金又は二十五日以下の重禁固に処す…(中略)本人の意に反して強て娼妓名簿の登録申請又は登録削除申請を為さしめたる者』
これにより娼妓は届け出さえ出せば、いつでも廃業することが出来、またそれを阻むことは犯罪となったのである。
大衆紙である日刊『二六新報』は特に強く娼妓の自由廃業運動を行っていたようだ。
曰く、
「吉原遊郭には常備の悪棍(ごろつき)百余人を飼いあり。これらの者どもは、平常は楼主等の庇護のもとにいわゆる遊び人となり、また娼妓、台屋の使丁(わかいもの)等となりその日を送り居るも、いったん楼主等の使唆を受くれば、たちまち相嘯集して乱暴狼藉、言語道断の挙動(ふるまい)をあえてし、もって醜業不正の利益を維持するを職分とす」
「そも吉原遊郭は徳幕の時代において、長く無警察のもとにおかれたる処なり。(中略)妓楼にては廓内の秩序を保つに足る自衛力を必要とせり。この自衛力は、すなわち吉原ゴロツキまたは遊び人と称するものにして、妓夫、台屋、掃除人等も、かたわら無銭遊興者を取り押さえ、乱暴人、酔漢(よいどれ)等を鎮圧し、かつ娼妓の逃亡を監視する等の任務を兼務し、一種の常備軍のごとき姿となり、もって今日に至れり」
即ち、吉原は無法者達が暴力で支配する土地だと主張をしたのだ。
それは他の記事で廓の男達を「蛮人」「醜類」などと呼んでいることからも窺える。
『二六日報』は二人の娼妓を自由廃業させ、それを大々的に喧伝した結果、同社社員が吉原の廓内で男達に暴行を受けている。
逮捕された暴漢である『田圃の繁の相続人』田中六蔵(36歳)、江戸町一丁目三十一番地『新藤庄吉の子分』林喜三郎(28歳)等は、『肩書き』から博徒であったと考えられる。
だが『二六新報』は彼等を『妓夫(客引きをする若い男)』と混同して記事にしている。
そこに吉原への悪印象を与える意図があったかは定かではない。
同年には日本救世軍による「娼婦救済運動」が起こり、全国の遊廓で太鼓やラッパを鳴らし「ときのこえ」を散布して回る姿が見られた。
その結果、吉原では流血沙汰が起こり、それを新聞でセンセーショナルに取り上げた。
だが同年10月。
内務省によって発布された内務省令第44号『娼妓取締規則』によって、娼妓は自由に廃業できることとなる。(近代デジタルライブラリー - 警察三大法令正解)
その第五条にはこう書かれている。
「娼妓名簿削除の申請は書面又は口頭を以てすべし…(中略)警察官署に於て娼妓名簿削除申請を受理したる時は直に名簿を削除するものとす」
また同13条にはこうある。
『左の事項に該当する者は二十五円以下の罰金又は二十五日以下の重禁固に処す…(中略)本人の意に反して強て娼妓名簿の登録申請又は登録削除申請を為さしめたる者』
これにより娼妓は届け出さえ出せば、いつでも廃業することが出来、またそれを阻むことは犯罪となったのである。
朝倉喬司著『廓の男 妓夫太郎と女衒その光と影』より。
秋元一著『赤線事件史 東雲の遊女のストライキ』より。
新人物往来社発行『別冊歴史読本 歴史の中の遊女・被差別民』収録
秋元一著『赤線事件史 東雲の遊女のストライキ』より。
新人物往来社発行『別冊歴史読本 歴史の中の遊女・被差別民』収録
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