締め切り間近の小豆洗い
- 2010/05/22
- 01:36
『奇譚の街』を更新、一話追加しました。
しゃかしゃかしゃかしゃか。
じょばじょばじょばじょば。
しゃかしゃかしゃかしゃか。
じょばじょばじょばじょば。
しゃかじょばしゃかじょば。
「あーもー! なんだよ、うるさいな!」
夜の静寂を打ち破る不快な音に耐え切れず、俺は布団から飛び出した。
「何やってんだよ、こんな夜に!」
煌々と電気の付いた居間へと怒鳴りながら駆け込む。
そこには同居人である自称・座敷童子と――見知らぬ一人の少女がいた。
「あっと、なんだ?」
『誰だ』ではなく『なんだ』というのは、目の前の光景があまりにも異様だったからだ。
座敷童子と少女は、台所の流しに二人で並んで一生懸命に手を動かしている。その真剣っぷりはかなりのもので、部屋に怒鳴り込んだ俺に見向きもしない。
存在に気付いていないわけではないだろう。単純に構っている余裕がない、そんな様子だった。
問題なのは彼女らがそこまで意識を集中している対象だ。
俺は彼女達の低い上背の上から、流しを覗き込んだ。
彼女達の目の前には竹製の盆ザル。その上には赤い豆がこんもりと乗っている。
これは……マメ目マメ科ササゲ属の一年草。世間一般では小豆という名前でよく知られる植物の種だ。
それを流しっぱなしの水道の水で一心不乱に洗っている。
つまり、『しゃかしゃか』は小豆を洗う音で。『じょばじょば』は流れた水がシンクを叩く音だったのだろう。
「ぼーっと見ているぐらいなら、ちょっとは手伝ったらどうですか?」
「なんでだよ」
責めるような座敷童子の言葉にムッとする。
こちとら安眠妨害されているのだ。そんな風に言われる筋合いはない。
「見れば分かるでしょ。締め切り前なんですから!」
「いや、そう言われてもな。……なんだって、締め切り?」
小豆を洗うという行為と『締め切り前』という言葉が俺の中ではさっぱり結びつかない。
「あの、ごめんなさい。寝ているところを起してしまって……」
頭上に疑問符を浮かべる俺に謝ったのは、座敷童子と並ぶ見知らぬ少女。謝りつつも、その手は小豆を洗い続ける。
「……君は?」
「小豆洗いです」
「あー、なるほど」
自己紹介されて合点がいった。そりゃあ、小豆洗いだもの、小豆を洗ったりもするさ。
「で、なんでお前は一緒に小豆を洗ってるんだ? 座敷童子はもう止めたのか?」
座敷童子に小豆を洗う習性はなかったはずだが。
「そんなわけないでしょ」
言われて、座敷童子は口を尖らした。どうやら、俺の場を和ませようという小粋な冗談を受け入れる余裕はないようだった。
「彼女には私の仕事を手伝って貰ってるんです。すいません、勝手に台所を借りて」
代わりに答えたのは小豆洗い。助っ人のはずの座敷童子よりも、張本人の方が落ち着いている。
「それは別に良いけど……小豆洗いにも締め切りとかあるのか?」
「そりゃあ、ありますよ」
小豆洗いはまるで『当然のことを訊かれて困った』という風に苦笑した。どうやら、これはそういうものなのらしい。
深く考えるだけ無駄だ。妖怪の常識を理解しようとするのは無意味というものだろう。
見れば、まだ洗っていない小豆がこんもりと山を作っている。
これを洗うのは確かに一苦労だろう。見れば二人の手は小豆の洗い過ぎで真っ赤になっている。
俺は嘆息した。どうやら、今日は寝れそうにない。
「ほら、もうちょっと詰めろ。俺が入れん」
袖を捲くって二人の横に並んだ。
・小豆洗い - Wikipedia
しゃかしゃかしゃかしゃか。
じょばじょばじょばじょば。
しゃかしゃかしゃかしゃか。
じょばじょばじょばじょば。
しゃかじょばしゃかじょば。
「あーもー! なんだよ、うるさいな!」
夜の静寂を打ち破る不快な音に耐え切れず、俺は布団から飛び出した。
「何やってんだよ、こんな夜に!」
煌々と電気の付いた居間へと怒鳴りながら駆け込む。
そこには同居人である自称・座敷童子と――見知らぬ一人の少女がいた。
「あっと、なんだ?」
『誰だ』ではなく『なんだ』というのは、目の前の光景があまりにも異様だったからだ。
座敷童子と少女は、台所の流しに二人で並んで一生懸命に手を動かしている。その真剣っぷりはかなりのもので、部屋に怒鳴り込んだ俺に見向きもしない。
存在に気付いていないわけではないだろう。単純に構っている余裕がない、そんな様子だった。
問題なのは彼女らがそこまで意識を集中している対象だ。
俺は彼女達の低い上背の上から、流しを覗き込んだ。
彼女達の目の前には竹製の盆ザル。その上には赤い豆がこんもりと乗っている。
これは……マメ目マメ科ササゲ属の一年草。世間一般では小豆という名前でよく知られる植物の種だ。
それを流しっぱなしの水道の水で一心不乱に洗っている。
つまり、『しゃかしゃか』は小豆を洗う音で。『じょばじょば』は流れた水がシンクを叩く音だったのだろう。
「ぼーっと見ているぐらいなら、ちょっとは手伝ったらどうですか?」
「なんでだよ」
責めるような座敷童子の言葉にムッとする。
こちとら安眠妨害されているのだ。そんな風に言われる筋合いはない。
「見れば分かるでしょ。締め切り前なんですから!」
「いや、そう言われてもな。……なんだって、締め切り?」
小豆を洗うという行為と『締め切り前』という言葉が俺の中ではさっぱり結びつかない。
「あの、ごめんなさい。寝ているところを起してしまって……」
頭上に疑問符を浮かべる俺に謝ったのは、座敷童子と並ぶ見知らぬ少女。謝りつつも、その手は小豆を洗い続ける。
「……君は?」
「小豆洗いです」
「あー、なるほど」
自己紹介されて合点がいった。そりゃあ、小豆洗いだもの、小豆を洗ったりもするさ。
「で、なんでお前は一緒に小豆を洗ってるんだ? 座敷童子はもう止めたのか?」
座敷童子に小豆を洗う習性はなかったはずだが。
「そんなわけないでしょ」
言われて、座敷童子は口を尖らした。どうやら、俺の場を和ませようという小粋な冗談を受け入れる余裕はないようだった。
「彼女には私の仕事を手伝って貰ってるんです。すいません、勝手に台所を借りて」
代わりに答えたのは小豆洗い。助っ人のはずの座敷童子よりも、張本人の方が落ち着いている。
「それは別に良いけど……小豆洗いにも締め切りとかあるのか?」
「そりゃあ、ありますよ」
小豆洗いはまるで『当然のことを訊かれて困った』という風に苦笑した。どうやら、これはそういうものなのらしい。
深く考えるだけ無駄だ。妖怪の常識を理解しようとするのは無意味というものだろう。
見れば、まだ洗っていない小豆がこんもりと山を作っている。
これを洗うのは確かに一苦労だろう。見れば二人の手は小豆の洗い過ぎで真っ赤になっている。
俺は嘆息した。どうやら、今日は寝れそうにない。
「ほら、もうちょっと詰めろ。俺が入れん」
袖を捲くって二人の横に並んだ。
・小豆洗い - Wikipedia