全体主義の物語を書くためには全体主義を否定せよ
- 2014/08/20
- 15:49
この記事を読んで思ったこと。
記事では現在の疲れ切った日本人には、個人主義よりも全体主義が歓迎されるとされる。
見方を変えれば、オタクに全体主義や保守主義がウケるというよりも、個人主義や自由主義がウケないと考えたほうがいいかもしれない。
端的に言って、後者二つは「強者の思想」だ。一人でも生きていける(経済的・心理的に)強い人たちがハッピーになれる思想だ。経済的にも心理的にも疲弊してる今の日本人には刺さらなくても不思議はない。
最近では「支配」が即座に悪として描かれなくなった。むしろ主人公が支配者側について、秩序を乱す相手を成敗するお話がウケている。
この時代に「自由のために戦おう!」と言われてもピンとこない。「たとえみんなのためでも誰か一人が犠牲になってはならない!」と言われても、ワガママ言うなと思う人が多いはずだ。自由よりも家族や国のために戦うお話のほうがウケるし、全体のための個の犠牲は英雄視して美談にしたほうが刺さる。
ところが人間同士の戦争を描いてしまうと、全体主義の心地よさに酔えない。「相手がかわいそう」という気持ちが邪魔をしてしまうから。だから敵には、できるだけ人間性の薄いモンスターを設定したほうがいい。
「1.支配の甘受」
「2.共同体を守るために戦う」
「3.全体のための個の犠牲は、悲劇ではなく美談になる」
「4.抒情酌量せずに済む異形の敵」
以上の要素をアニメ『シドニアの騎士』はすべて満たしている。
3DCGの映像は息を飲むほど美しく迫力満点だ。ウケるべくしてウケた作品だと思う。
個人的な捕捉として、この4要素は作中で賞賛される必要は無いことを語る。
否、むしろ積極的に否定していくべきだ。
1.支配の甘受
支配に対して拒絶的であるべきである。ただし、その支配は必要悪であり覆す力は主人公あるいは民衆には存在しない。
2.共同体を守るために戦う
その共同体は本当に守るべき価値があるものなのか疑念を抱け。ただし希望の存在は忘れてはならない。
3.全体のための個の犠牲は、悲劇ではなく美談になる
犠牲を美談として語ってはならない。あくまで悲劇は悲劇であり押し付けるものではない。
4.抒情酌量せずに済む異形の敵
本当に敵は倒してしまって良い存在なのか疑え。ただし、倒さなければ人類は滅ぶ。
個人主義、自由主義が否定されるようになってしまったのは、物語の中でそれが殊更に「良いものだ」と喧伝されてきたためである。
現状は繰り返される粗悪乱造に辟易して、目新しい全体主義に飛びついているだけだと愚考する。
だが粗悪乱造の危険があるのは全体主義においても同じであり、作者が自らそれを肯定するかのように描けば途端に鼻に付くだろう。
なによりも物語が薄っぺらくなってしまう。
そして何より読者はキャラクターに問題の解決を求めている。
そのため、この4要素は作中で絶対に覆すことのできない不文律でなければならない。
支配は絶対に覆すことのできないものであり、共同体は嫌でも守らなくてはならないものであり、犠牲はどうしても避けようがなかったのであり、敵は仕方なく倒さねばならない。
この不文律が守られなくなった瞬間、全体主義の物語は「支配者にとって都合の良いご都合主義のプロパガンダ」となってしまう。
この「支配者」は物語の中の上層部であり、同時にこの世界を動かす神である作者のことだ。
キャラクターに全体主義を覆す隙を与えてはならない。
破壊される隙を見せた支配は悲劇ぶるための舞台装置になる。
その共同体が本当に救う価値のないものなら読者は主人公を応援しなくなる。
犠牲を避けることが出来たのに無理に生贄にすれば、それはとんだ三文芝居になる。
敵との共存の可能性、あるいは敵の殲滅の可能性があるのに無視した途端、戦いはただのお遊戯になる。
全体主義の物語を書くにはキャラクターをバランス良く苛め、それを隙なく管理する君主制が求められる。
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